2012年10月13日土曜日

小春日和は秋のもの。






 不動産会社の看板を10もぶら下げた、サンドウィッチマンのような2階建てアパートの群れ、それをひたすらかきわけて京阪電車は進む。


 「顔のパターンふやさなー」席を対面に据えた隣の女子高生が写真の撮り合い。気まぐれに青空が覗く秋真っ盛りの空から柔らかい光が入って、でも僕には物悲しくって。

 秋はいつから送別の季節を、春から横取りしたのだろう。

 この9月、仲間の旅立ちを幾つも見送った。いつも飲む酒、好きな女、お気にのシャツと着方までわかってる彼らと正面から対峙してきた僕の心に、ひとりずつ違う、その強い目の光が弾けて消える。

 西陽が車内に僕の影をだらしなく伸ばす。京阪電車駆け抜ける墨染。板塀の隙間から枝を伸ばす、きんもくせいの香りを散らしながら。


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 「あ…どうも」


 その飄々とした人は、ショップコートに手を突っ込んだまま目礼した。7年程前か、僕はファッション撮影のロケハンとリースで、当時お願いしていたカメラマンと鶴橋・下味原交差点に来たところ。

 「Nくんいうんや。カメラマンなってまだ間あないけどな」

 その先輩はレンズを換えながら言った。大阪国際女子マラソンが終わったばかりの上町筋は車でごった返している。僕はなぜか目をうまく見られなかった。その間に、裾を翻し笑顔のひとつもなく、駅方向の雑踏に呑まれていく後ろ姿が、逃げ水とともに消えていった。



 それから名刺を切るまで1年半程かかったのを覚えている。彼の名前は他誌上でちらほら見るようになっていた。説明臭い通り一遍なそれでなく、服の雰囲気や背景を活かした物撮を見れば、仕事をするのは時間の問題とわかっていた。
 
 初めての打ち合わせは東心斎橋の喫茶店と記憶している。開口一番、でもぽつりと彼は言う。

 「ファッションやイベント、あとインタビュー以外、つまり飲食店の取材はしません」

 ひたすら仕事を回す要領だけを考えていた僕が、仕事の仕方を変えるきっかけになった言葉。そしてコーヒーを口に運ぶ、初めて見据えた彼が僕とまるで違う薄い顔なのを知った。


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 ファッションシーンは、エディ・スリマンの爆撃が終わり、モードの文脈をファストファッションやスペック偏重主義が押し出すただ中、ちょうどライフスタイルというオールマイティワードが、服の世界に幅を効かせはじめた頃。写真の世界もデジタル時代に完全に移行、今までの因習が通用しなくなる中で、彼は新しい撮影を続けていく。

 他カメラマンが避ける深い時間を自らも楽しんで待ち、いい顔のみをピックするイベントスナップのライブ感。妥協なきストリートスナップは、未だ関西のスタンダードな撮影法ひとつだ。アンチ・モードの文脈の中、自然光を巧みに取り入れる透明な空気の写真も特筆すべき彼の味。


 無駄なカットは撮らず、シャッターを切る回数も最小限。気持ちのいい仕事。



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 それから音や服の現場で最前線を張っていた彼を、ファッションシューティングのレギュラーに据えるのにそれほど時間はかからなかった。

 今から約1年前のある撮影にて。

 4×5の手巻きカメラにデジタル変換パックを付けて彼はやって来る。身体に馴染んだ早いシャッターでなく、手巻きのタイムラグに“ゆらぎ”を見せる一流のモデルたち。「その隙間の動きや顔が狙い」彼がそう言ったとき、僕にはわかっていた。

 もうコンビは長くないな、と直感で。関西で彼のやる仕事はないな、と。 




 そして3ヶ月前、横並びで杯を重ねていた夜。

 「東京いくねん」

 ほろ酔いで店を出、彼は軽く言った。「そっすか」僕は落胆を感じさせないようにさらりと、でもしっかり“目を見て”言った。7年前と同じように、ショップコートに手を突っ込んだまま、彼は黙ってふたつみっつ頷く。

 
 店前に佇む僕に残されていたのは、これまで、数え切れないほど見送ってきた仕事仲間へのそれでなく、共に育ってきた同好の友人を失う気持ち。人ひとりひとりに割り当てられた“分際”。そんなことを立ちつくして考えていると、またどこからかきんもくせい。








all Text & Photo by K.Fujimoto